与謝野 晶子 短歌。 与謝野晶子の代表作品一覧 情熱の歌人5万首の短歌と詩

【海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家】徹底解説!!意味や表現技法・句切れなど

命がけの恋心や今このときの自身の美しさを誇らかな情熱を持って歌い上げた作品が多く、明治の歌壇に大きな衝撃を与えました。

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翌年家を出て東京に移り、女性の官能をおおらかに謳う処女歌集『』(鳳晶子)を刊行し、浪漫派の歌人としてのスタイルを確立した。 20歳になると実家の店番をしながら、短歌をつくるようになり浪華青年文学会に参加します。

与謝野晶子『みだれ髪』短歌10首 現代語訳付き意味も解説

06 参加者を募集いたします。 9歳で漢学塾に入り、・も習った。

大町桂月は『』誌上で論文『詩歌の骨髄』を掲載し「皇室中心主義の眼を以て、晶子の詩を検すれば、乱臣なり賊子なり、国家の刑罰を加ふべき罪人なりと絶叫せざるを得ざるものなり」と激しく非難したが、夫・との直談判により、桂月は「詩歌も状況によっては国家社会に服すべし」とする立場は変えなかったものの、晶子に対する「乱臣賊子云々」の語は取り下げ、論争は収束する。

【清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢う人みなうつくしき】徹底解説!!意味や表現技法・句切れなど

参加者を募集を終了いたしました。 歌やいのち涙やいのち力あるいたみを胸は秘めて悶えぬ 未亡人となって上京し、鉄幹の視界に現れるようになった登美子の思いに触れ、妻の座にある晶子も心中穏やかではなかったでしょう。 女性の官能を歌う作風は、当時の歌壇からは反発を受けながらも、 世間からは熱狂的な支持を受けました。

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ひたすらに 厭 いと ひは果てじ名取川 なき名も恋のうちにぞありける 一葉が名取川を詠み込んだ歌は、他にもいくつかあります。

【小百合さく小草がなかに君まてば野末にほひて虹あらはれぬ】徹底解説!!意味や表現技法・句切れなど

2017. また、琴や三味線も習い、 たくさんの教養を身に付けました。 業績 [ ] 作家・歌人 [ ] 窓際でポーズをとる 情熱的な作品が多いと評される歌集『』(1901年)や、の時に歌った『君死にたまふことなかれ』が有名である。

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しかし言葉の醸し出す印象からか、字余りであるにもかかわらず「桜月夜」のほうが支持されて広まっています。 鎌倉の大仏さまは、何度か、ご案内した通り、西方極楽浄土の仏さま、阿弥陀如来さま。

【その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな】徹底解説!!意味や表現技法・句切れなど

同じ「大仏」でも、実は、鎌倉の大仏さまと奈良の大仏さま、似て非なるものなのです。 ちくま文庫にも• 特に、阿弥陀さまを中尊とし、両脇に観音菩薩さまと勢至菩薩さまを従えた阿弥陀三尊来迎像はこのころから多く制作されるようになりました。 1997年1月 『絵画と色彩と晶子の歌 : 私の与謝野晶子』持谷靖子著、(『にっけんの文学・文芸シリーズ』)、にっけん教育出版社• 男女平等教育を唱え、日本で最初の男女共学を成立させる。

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それを見て、作者が感じた思いを柔らかくも「美しい」という主観的な言葉において、率直に表現しています。

【その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな】徹底解説!!意味や表現技法・句切れなど

2018. 清水へ 祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人みなうつくしき 晶子の代表作の一つです。

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1981年1月 『与謝野晶子の秀歌』著、(『現代短歌鑑賞シリーズ』)、短歌新聞社。

5分で与謝野晶子について!特に有名な短歌、代表作品は?│れきし上の人物.com

鳳(ほう)。 むねの清水 あふれてつひに濁りけり 君の罪の子我も罪の子 鉄幹との不倫の関係を詠ったものと解釈される歌です。

作者「与謝野晶子」を簡単にご紹介! (与謝野晶子 出典:Wikipedia) 与謝野晶子( 1878年~ 1942年)は、明治から昭和にかけて活躍した女流歌人です。

与謝野晶子の代表作品一覧 情熱の歌人5万首の短歌と詩

自由な恋愛はおろか結婚も許されない時代に、満 22歳という若い娘が大胆に性愛の悦びを表現したことで、社会に大きな衝撃を与えました。 個人性がいつも確かに認められる。

所収の短歌にちなみ「やは肌の晶子」と呼ばれた。

【なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな】徹底解説!!意味や表現技法・句切れなど

昭和10年 大木の梅より出でて山蔭の船原川に射すひかりかな (船原より土肥へ) 半島の山集りてかすめるを見つつわれ越ゆ船原峠 殘りたる春のここちす伊豆に咲く木瓜も杏花 (きやうくわ) もしどけなければ 濱ぢさが沙にも土肥の川瀬にも緑を交ぜてなつかしきかな くらがりの船に竝びて見るは何仁科の洞の岩窓の雨 玉泉寺ハリスの室 (ま) をば憐むに過ぎて身に泌むあめりかの墓 少女子が呼び集めたるもののごと白濱にある春の波かな 濃淡の墨の今井の濱なれど南宋の繪にあらず青潮 (あをじほ) (今井の濱温泉にて) 走り水何のまぎれか風烈し弟橘のおまへの濱に (に行く三首) 燈臺の中柱撫で思へらく岬の風も彈くに足らん 遠く來ぬ越の海府の磯盡きて鼠が關見え海水曇る 長岡に今朝雨を聞き夕には出羽の温海の吊橋を行く (温海温泉にて) わが越ゆる古街道の和田峠常 (とこ) あたらしき白樺しげる 初すすき撫子深山小川巻を草の鹿澤が少女に贈る) (にて) われににみ吾嬬川を渡る日の廻り來れども君與 (あづか) らず (淺間へ向ふ) 旅寢せんところも山も無きやうに去年 (こぞ) の淺間へ急がれしかな (千が瀧にて) 山の名を君問ふ聲の明かに殘る淺間の宿のベランダ ならびなき名古屋の城の本丸の大手の櫻色づきにけり 青空の千尋の海に跳るなり名古屋の城の金色の魚 町古りて松竝木にもことならぬ東海道の赤坂の宿 ことさらに濱名の橋の上をのみ一人わたるにあらねどもわれ 昭和11年 聖より轎をたまひぬ九十九折くらまの寺へ五月に上る (にて) 鞍馬寺木の芽を添へて賜はりぬ朝がれひにも夕がれひにも 菁莪の花鞍馬のひじり山を出づうす雪ならば哀れならまし 義經堂女いのれりみちのくの高館に君ありと告げまし 昭和12年 鐡舟寺補陀落山に昨日より友我れを待ち花散り初めぬ しら露や禪師三界萬靈のために淨めし夏草の庭 (にて) 鐡舟寺老師の麻の腰に來て驚くやうに消え入る螢 この春の落花の痕も殘らずて暗き御寺の門のうちかな 梓川深山の柳絮たけなはに飛ぶ八月の穂高おろしに 燒岳のけぶりに比べ放つ絮の淡さも淡し奥山柳 明神の穂高の裾に絮 (わた) を撒く柳原こそなまめかしけれ 我等の荷馬より多く負ひながら山人足の仙人走る (にて) 白保根の湯の記をすなり立秋の前の日入ると薄に逢ふと 山の湯の硫黄の臭ひ味噌の香にけおされてある齋藤屋かな 秋立つや夜光の貝の色含む山の湯ぶねの上のともし灯 五色沼いくつの色をしか呼べど數を知れるもあらぬ沼かな ひがし山むら雨の雨に添ひ瀬の鳴りて露も變らずいにしへの夜に 東山伏見の瀧の上にある狐の湯にも聞ける夜の雨 いにしへの蒲生が月見櫓吹く會津の領の秋の山風 秋風が今は行くのみ鶴が城北の出丸も帶の廓も 東海の表の國のうるはしき山山見ゆる清見臺かな (にて) 寒ざくら清見の寺に唯だ一枝偲ぶむかしのある如く咲く 御寺よりまかり出づれば美くしく夕明りさす清見潟かな 清見潟さくらの散るに勝りたる光りをそそぐ波の上の日 清見潟空明るくて淡雪の降るごとひろぐ波の立つかな 静かなる十二連島見るままに所を移す鴨の連島 黒ずみて湖水も石のここちすれ山の底には夕明りなし 更科の田毎の月を千曲川あはせて流るたとへて云へば 埴科の戸倉の橋の白きをば上目に見つつ秋の水行く 川暗く參勤衆の今宵あるけはひに灯おく戸倉宿かな 君ありて溪間の路を先づ入らば天城の瀧よ落ちずともよし いと細き筋集りて流るれば梳くべき櫛の思はるる瀧 仄じろくお會式ざくら枝に咲きしぐれ降るなる三島宿かな こと過ぎぬ今さら何を申す三島明神箱根權現 湖畔とて落の乾くことおそし我れの心もこれに屋かまし さざ波が碧瓦の如くかがやきて晴れたる朝の山の湖 我が踏めば鳴る石の道つづけどもさびしき伊豆の多賀の冬かな ことそぎし伊豆の東の多賀の温泉 (いでゆ) にわがある師走 峠路の六里のあひだ青海を見て枯草の世界をつたふ 山下り多賀の佐野屋に坐してあり潮近く鳴り梅花こぼるる 山国を行く 衣二つ初めてわれの重ぬるもうらなつかしき奥山の秋(新鹿澤にて) 君と見し神奈 (かんな) の峰もいと近き赤倉の湯の山坂の道 火の事のありて古りたる衣著け一茶の住みし土ぐらの秋 秋風や一茶の後の小林の四代の彌太にあがなへる鎌 夜の船の乾魚 (ほしうを) の荷の片蔭にあれどいみじき月さしてきぬ 松淡く港の山のいただきに竝ぶ月夜の船の笛かな (以上にて) 髪ならば涙に濡れて筋分れ癖のつきたる瀧のさまかな きさらぎや掌 (たなごころ) もて撫でぬべくらうたき水の玉簾の瀧 千手まし大木の桂若葉する寺へ水より參る初夏 ありとある白樺の木の飛ぶやうに雲の動ける男體の山 歌が濱霧密にして危しと船を人云ひ鳴く千鳥かな 足尾路の半月峠初夏の霧の浸して行きがたしとよ 摘まれ來て露の乾かぬしもつけの花の卓 (つくゑ) の山の朝餐 十月の天神峠うす墨の雲の中にてこほろぎの鳴く 雲動き人語に似たる蟲ごゑののぼりくるかな山頂の亭 夜のさびし伊香保の町の流水の調子に秋の雨のそぐはず 湯の川へ温泉町の裏岸が秋の夜すがら落す水音 秋の日の空の曇りて恐しき氣 (け) に包まれし山のみづうみ 湖や手など人振り小舟來ぬ新月ならばいかにしてまし 十月の天神峠うす墨の雲の中にてこほろぎの鳴く 髪ならば涙に濡れて筋分れ癖のつきたる瀧のさまかな きさらぎや掌 (たなごころ) もて撫でぬべくらうたき水の玉簾の瀧 奥 上 州 身をめぐり泡雪のごと湯の絮 (わた) の深山の秋の温泉 みやびかに笹の舊湯が紅葉著て住へる溪に靡く霧かな 寂しくも越路に近き笹の湯の笹鳴るほどの夜の時雨聞く 變れるは我れのみ今も綿掻かん永井の宿の脇の本陣 紅葉燃え三國おろしに時雨散り立ちぞ我が寄る法師湯の軒 三國山法師の湯さへ今は見て夢の如くにこと入りまじる 法師の湯廊を行きかふ人の皆十年ばかりはことなかれかし 日光の陽明門も流れ行く紅葉の山をいできたる川 山荘へ玉簾の瀧流れ入り客房の灯をもてあそぶかな 書 (ふみ) に見き妻を失ひ身の病みて公信卿の有馬に行くと 櫻ちる湯治の客に山のもの商ふ市の立つ小みちにも 花見れば大宮の邊の戀しきと源氏書ける須磨櫻咲く (にて) あはれなり敦盛塚は海近し船に心の動かざらんや 大原女と我れは暫く同車して眞上人の鞍馬へまゐる 鞍馬路は若葉と枝をさしかはす花とどまりてなつかしきかな 鞍馬山歌の石とは知りながら君假初めに住むここちする 上人と故人の歌の碑と我れと心の通ふ春の夕ぐれ に戻る. 2017. 「潮の遠鳴り」 潮とは波の音のことで、遠鳴りは遠くから響いてくることを指します。 『君死にたまふことなかれ』を前面に出してはいたが前述のように、一貫性がなく、当時『労農主義』として紹介されていたも批判していた。 2018. そのため「桜月夜」は、のちに晶子自身によって「花月夜」に改稿されています。

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白梅の 黄昏時の香をかげは 心悩まし春の初めも 【歌集】草の夢 しらしらと 涙のつたふ頬をうつし 鏡はありぬ春の夕に 【歌集】常夏 白き菊 ややおとろへぬ夕されば 明眸うるむ人のごとくに 【歌集】常夏 【補足】明眸 めいぼう とは、美しく澄んだ ひとみ のことで、美人の例えに使われる言葉です。